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毎日、せかせかと動き

更新日:2005年09月16日|書いた人:清水隆史

毎日、せかせかと動き回っている。
効率悪し。作っているものを、効率的にうまく形に出来ない。
できたものは嫌いじゃないけど、時間と体力を使いすぎる。
うーん。続けるためにはこんなことじゃイカンなあと、いつも思うのだが。
…独り言ですね。

日々の記録はもう少ししてからupするとして、

今日のネオンは、夜の写真部でした。
少人数ながら、なかなかいい感じだったのです。
そこでお約束したリンクを下に張ります。
豊科のMくんの写真ブログです。→ここ

「街並み」進行中。

更新日:2005年09月08日|書いた人:清水隆史
昨夜「街並み」2号の画像処理で半徹夜したので、 今日の目覚めはゆっくりだった。 昼にナノグラフィカへ。 アヤコ・たまみ・イイダゴウ君と「街並み」についての会議。 一応全体が見える。 その後ネオンに行って、ヒサエちゃんと雑談的ネオン会議。 明日のライブに備えて、調律師の熊木さんがピアノの チューニングに来て下さる。 合間にヒサエと権堂のラーメン屋でドンブリを食う。 夕方、ナノグラフィカに戻ってアヤコ・たまみ、大木監督と なんとなく話ながら、撮影。某誌別冊の記事のため。 日が落ちてナノグラフィカで作業。 台風が完全に行ってしまったからか、秋らしい夜だ。

戸隠に通う。

更新日:2005年09月07日|書いた人:清水隆史

「街並み」2号の撮影のために、毎日のように戸隠にバイクで出向く。
台風だったけど、〆切はそんなものは関係ないので、仕方なく半ば
ヤケクソで出掛けるが、結局台風の影響はほとんどなかった。

戸隠と一言で言っても、かなりの面積になる。
人が住む集落は大まかに3つあって、それぞれ雰囲気が違う。
古いモトクロスのバイクを駆使して、カメラを担いで撮ってまわる。
今回は、先月よりも早く景色に集中することが出来た。

最近していたこと、おもったこと、などなど。

・9/4のネオンホールはマーガレットズロースとうきくも、
そしてろんづのライブだった。ろんづ、また新しい曲をいくつも聴かせてくれた。
大学生のバンドは変かが激しい。しかし、演奏全体のテンションが低いのがちょっと
気にかかったなー。気迫がないのはよくない!のだ。
うきくもは、オルガン〜エレピの音が心地よいフォークロックバンド。
ブルージーな曲を、ひたすら楽しそうに演奏していた。きっと気のいい人達なんだろうな。
マーガレットズロースはスーパーネオン以来か。
何故か全員スーツを着ていて、見かけはガレージR&Rバンド風。
音はいつもと同じ…だけど、じっくり聴くと、
少し前と違う空気感をまとっている印象を受けた。過渡期に入ったのかな。
しかし、岡野君のベースラインって面白い。とても好きです。

・数日前、ナノグラフィカに突然、大木裕之監督が現れた。
大木さんは…ホントに放浪しているアーティスト。押しも押されもせぬ?変態。
変形イガグリ頭で、いつもピチピチの服を着ている。
暫く滞在するみたいで、今もまだ寝泊まりしてます。
なんかこの人がいると幸せな気持ちになる。

・9/5の深夜だったか、ネオンホールにて、またまた実験活動「夜のマン研」を
うら若きマンガ女・オクヤンとともに開催。一コマづつ連歌のようにマンガを紡いでいく
「レンマン」を3セットやる。自分の絵の下手さ加減には辟易するのだけど
アドリブでマンガを描いていくというのは、今の自分にとって
脳味噌をひっかきまわすような快感がある。オクヤンの巧さも見てて心地よい。
勉強になる。日々これ精進なのだ。

西之門町。

更新日:2005年09月03日|書いた人:清水隆史

平安堂長野店での「街並み」写真展の準備を朝から。
額装したり、ちょっとした文章を書いてパネルにしたり。
夕方、無事に展示を済ませることができた。
今まで写真展といえばモノクロで4ッ切りサイズで
やってきたんだけど、今回はカラーでキャビネ(2L)判。
小さいプリントは迫力に欠けるけど、
お仕着せがましくなくて好き。
サラリと見ることができるような気がする。

展示し終わったら、急いでナノグラフィカに戻る。
今日は西之門町のお祭りの最終日で、
「よしのや」さんのテラスで焼き肉食い放題!なのだ。
お祭りといっても、露天や御輿がでるわけではなく、
近所の長老達が集まって儀式めいたことを
するだけなんだけど。
何故かラストが焼き肉で、そこには祭り本体よりは
多くの人がやってきて、ちょっとした懇親会みたいになるのだ。

いつもの事ながら、新参者の自分たちも分け隔てなく
そういう席に呼んで下さったので、たまちゃんと共に出席。
お向かいの「西之門針灸院」の山崎先生とともに
ひたすら肉を食いまくった。

西之門町は、江戸時代からの歴史を持つ、長野では
かなり古い町。この前、区長が見せてくれた街の帳簿の
表紙には「嘉永○年」と書いてあった。その帳簿は今でも
使用中。幕末から同じ帳簿を使っているのも凄いと思う。
なにしろ善光寺の真横なので、きっと昔は今よりも
ずっと由緒正しい土地だったのだろう。
そこに家を構えている人々もまた、長野では名士みたいな
人が多かったようだ。長老達のはなしによると、
先代はみな「旦那衆」みたいな方々が多く、
妾さんを囲ったりするのも珍しくなかったらしい。
「子どもの頃にオヤジに二号さんがいるって、知ってたよ」
なんて話を、酔っぱらって面白おかしく?してくれた。

バカみたいに食べて飲んだので、当然の事ながら
ディープに酔っぱらいました。
選挙の時期ってことで某衆議院議員候補の奥さんが
登場したり、西之門町出身の市会議員さんと
話し込んだり、普段あまりないことなので面白かった。
というか、ご近所さんと酒飲んで話すって、
いいなあ。などと思った。

なんか、忙しくなると

更新日:2005年09月02日|書いた人:清水隆史

なんか、忙しくなると途端に更新できなくなるなー
生活の一部にしてしまいたいのだけど、その生活自体が相変わらず
不規則で、どうにもならなかったり。

夏はすっかり終わって、長野はとても過ごしやすい季節になった。
朝晩は寒いくらい。おかげで忙しいなどといいつつ
沢山ねむってしまう。布団に入ってるのがきもちいい。

きのうは「街並み」次号の撮影のため、一人で戸隠まで行った。
カメラを担いで中社付近を歩き回る。
タイトルが「街並み」だから街を歩き回るわけだけど、
さすがに戸隠はアップダウンが激しくて
住宅地?を歩いていてもほとんど登山みたいな感じ。
すごく疲れる。けど、いい景色のことだけを考えて
歩き回るのは、やっぱり楽しい。
お昼に贅沢をして「うずらや」で蕎麦などたべてたりした。
他はめちゃくちゃすいているのに、この店だけ行列が出来ている。
平日・昼の戸隠の蕎麦屋のお客さんの半分以上が「うずらや」に
集中している気がする。ほかの店も頑張れ!とおもいながらも
自分も「うずらや」に入る。しかし、やっぱりすごく旨かった。
スルスルと一瞬で胃の中に消える。うーん、他と何が違うんだろう??

夕方に下山。
ナノグラフィカに戻るとイイダゴウ君とくろやなぎさんが
なにやら話をしていた。軽い筋肉痛で疲れ切っていたので、
喫茶スペースで少し眠る。
ぼーっとしてると、区長はじめ西之門町の長老たちがそろって登場。
秋祭りということで、神主さんと御神酒もセット!
ビールも出てきてちょっとした宴会になる。
14戸しかないけど、伝統行事は絶対欠かさない。
よっぱらった長老達の笑顔。
西之門町って、いいなーとおもった。いい街だ。

抜け出して、そのあと今日からの展覧会準備。
東後町の額縁屋「太子堂」さんと昔の権堂の話をした。
「中華料理の光栄亭はワン(王?)さんって華僑のひとがやっててねー」
「そのあと小学校の後輩の●○くん(聞き取れず)が買い取って、今もやってる」
「昔の権堂には大きな中華料理屋は2軒あったんだよ」
とか、どうでもいいようでいて貴重な話だなとおもった。

10時過ぎに家に帰ったが、昼寝したのに早々に眠ってしまった。
運動不足なのかもしれぬ。

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