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長野市民日記-046

更新日:2013年01月31日|書いた人:【連載】長野市民日記

長野市民日記46 2013年1月30日(水)

 今日、良い事を思いついた。
 毎日、一コ「物語」を考え、ノートに書くのだ!
 このアイディアは、友人のIさん(女性・アーティスト)の「毎日作詩」を参考にしたもの。
 「物語」を一コといっても、ミヒャエル・エンデみたいな文章を長々と書くというものではない。
 漢詩の構成法の一つ「起承転結」にのっとって「物語」の筋書きを箇条書きするのだ。とても簡単!(…なハズ)早速一つ考えてみた。
 ①組織の先輩、後輩の情報スパイ活動を発見 ②後輩「国家が秘密りに細菌兵器をしようとしている」という ③先輩正義感を覚え後輩に助太刀 ④二人とも国家反逆罪確定、フィリピンに逃げる
 こんな感じ。このような思考はおそらく子供の「一人遊び」と同じだと思う。
 「私、大人の一人遊び始めます」である。


西澤尚紘

長野市民日記-045

更新日:2013年01月21日|書いた人:【連載】長野市民日記

長野市民日記45 2013年1月20日(日)

 今日、登山をした。
 妙高山(標高二四五四メートル)に登った。
妻のキヨ子と二人で。妻にカッコイイ所を見せるため登山装備をカジュアルに一新し、事にのぞんだがまったく無意味だった。
 元登山部の彼女に補助してもらわなかったら今頃山岳救助隊へSOSをだしていた。
 でもとにかく山頂に二人して立った時は感動した。雲海上の風景、それは天国であった。
 その絶景を眺めつつ二人、温かなコーヒーを飲んでいると彼女が前を向きながら一言「ねえ、私達別れましょう」といった。
 私は「え?なんで冗談だろ(笑)?」といったが私の方を向いた彼女の目は真剣だった。
 理由は私のキャバクラ通いに対する私への失望だった。全部バレていた。何もかも。
 私は妙高の山頂で三時間土下座し彼女に謝罪し続け最後に血判状を提出、どうにか許してもらった。私はマジで人生に遭難する所だった。心から反省しつつ下山した。


西澤尚紘

長野市民日記-044

更新日:2013年01月10日|書いた人:【連載】長野市民日記


長野市民日記44 2013年1月10日(木)

 今日は詩を書いて遊んだ。
 仕事を終え家に帰ってきたらなんかもう疲れて何もやる気がしなくて、布団にもぐり込んだ。(我が部屋には暖房装置が無い)何十回も観たハリウッドのアクション映画を子もり歌がわりにつけ流しつつしばしお昼寝。
 目をあけるともう夜に近い夕方だったが、やはりなんかダルく、アグレッシブに活動する気が起きない。
 そこで詩を書くことにした。こんな気分の時には詩を書くことにしているのだ。もう中原中也である。『ヤギの歌』である。
 布団の横の黒カバンの中から“グワシ”とノートを取りだし、鉛筆でカリカリポエムを書いてった。
 その内容は?その詩の内容は?と、思うかもしれないが、はずかしいのでここには記しません。(エロポエムではない)
 ただ詩の外にこう書いた。「私は虚構を生ききる」。もう完全に詩人である。

西澤尚紘

長野市民日記-043

更新日:2013年01月04日|書いた人:【連載】長野市民日記

長野市民日記43 2012年12月30日(土)

 今日、N教授(女性)と会った。
 N教授は私の大学時代の恩師。近くのカフェに入って一緒にコーヒーを飲んだ。
 私が数学の問題(くもん式)の理解できない所を質問すると、むかしのように易しく丁寧に教えてくれた。私は数式のあやふやだったカ所を理解できてうれしかった。
 教授は私に「今年、君はどんな経験をしたの?」ときいてきた。
 私は仕事(農業)で感じた大地の力強さ、春夏の雑草のモーレツなはえ様、秋稲かり時の根気の入れ具合、収穫の喜びなどを語った。
 又、半年かけて仲間たちとお芝居を作り、その上で学んだ深い対話の重要性、特に非言語コニュニケーションの重要性について述べた。
 教授は私との会話の最後、私にこう質問してきた。「で、君…恋愛の方では何か?」
 私は遠い目をして答えた。
 「恋はすばらしく、そしてむずかしいものですね」と。二〇一二年万歳である。

西澤尚紘

長野市民日記-042

更新日:2012年12月21日|書いた人:【連載】長野市民日記

長野市民日記42 2012年12月20日(木)

 今日、忘年会および送別会があった。
 忘年会はともかく誰の送別会か?私の送別会である。
 ベトナムへ転勤することになった。ベトナム・ハノイ店(屋台)で「さぬきうどん」を現地の人に売るのだ。
 私は最初ベトナム行きを命じられた時、「え〜そんな『地獄の黙示録』系の所へ!?」と、思ったが風土文化を調べたら好みだった。
 商売がうまくできるかが心配だが部長が「我が社のさぬきうどんは必ず世界で通用する」と、力説するのでなんとかイケるだろう。
 ちなみにベトナムの通貨は「ドン」。うどんを売ってドンを得る。なんかもう音的にがんばるしかない感じ。
 向こうへついたらすぐに中古の原付バイクを購入するつもり。あとベトナム笠も。
 一日の仕事を終え、原付にまたがり夜のハノイの街へ溶けていく私。想像すると怪しい気持ちになった。

西澤尚紘

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